冬の冷たい風が吹き抜ける公園の片隅で、拓海は一枚のコインを指で弾いていた。古びた銀色のコインが宙を舞い、太陽の光を受けて一瞬きらりと光った。
「どっちが出た？」
隣に座る涼子が問いかける。彼女の声は震えていた。長い髪が風に揺れ、その横顔には微かな影が落ちている。拓海は掌を開き、コインの表面を見つめた。表だった。
「表だ。」
その言葉に涼子は目を伏せる。彼女はジャケットのポケットに手を突っ込み、もう一度顔を上げた。
「やっぱり行くのね。」
拓海はうなずく。彼はずっと迷っていた。進学するか、家業を継ぐか。どちらを選んでも後悔が残るように思えてならなかった。だからコインに任せることにしたのだ。
「決めたんだ。」
涼子はかすかに笑ったが、その笑顔はすぐに崩れた。「私たち、もう会えなくなるのかな。」
拓海は否定しようとしたが、言葉が出なかった。コイントスが彼を突き動かしたように思えたからだ。言葉ではなく行動で示すしかなかった。彼はポケットからもう一枚、別のコインを取り出した。
「これは？」涼子が尋ねる。
「お守り。」拓海は彼女の手のひらにそれを置いた。「また迷ったとき、これを使って決めればいい。」
涼子はコインを握りしめた。涙がこぼれそうになるのをこらえながら、彼女は目を閉じた。「ありがとう。」
その瞬間、電車の発車を告げるアナウンスが遠くに聞こえた。拓海は立ち上がり、コインをもう一度指で弾いた。今度は裏だった。
「どうする？」涼子が聞く。
「決めたよ。」拓海は微笑んだ。「これからもずっと一緒にいる。」
涼子は驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔に変わった。「ずるい。最初のコイントスは？」
「迷ったら、何度でもやり直していいんだよ。」
二人は顔を見合わせ、笑い合った。拓海は涼子の手を取り、駅に向かって歩き始めた。冬の冷たい風が二人の間を通り抜けたが、もう何も怖くなかった。
ポケットの中で、コインが優しく揺れていた。
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